形篇(第四)-2
(前略)この故に勝兵は先ず勝ちてしかる後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いてしかる後に勝を求む。(『孫子 (岩波文庫 青207-1) [ 金谷 治 ]』 p.58)
つまり、戦いに勝つ者は戦う前からすでに勝っているということだ。
(勝てる戦しかしない。必ず勝てるところで戦う。行き当たりばったりではなく、絶対勝てるところまで戦略を練り上げて行動するのが大事)
必ず勝てる戦略を立ててから行動する。それでも失敗したら、その敗戦を生かして戦略を練り直して再チャレンジする >行き当たりばったりでとりあえず行動する >行動しない
さっそく、実践してみよう。
今後の戦略としては、
まず、予州から江夏を攻めて、
予州の城を手薄にしておいて、揚州から呼び込もう。
その後、揚州に[亠兌]州から攻め込む。
[亠兌]州には、夏侯惇・夏侯淵・馬超の軍を駐留させておく。
荊州からは零陵を攻めて、
荊州の城を手薄にしておいて長沙から呼び込もう。
涼州から安定に、安定から漢中に武将を送っておいて、
漢中から成都、永昌を攻めて、(漢中には西平関と安定から補強しておく)
成都の城を手薄にしておいて、フリョウから呼び込もう。
その後、フリョウに漢中から攻め込む。
さらに衝陽からイクリンに攻めこむ。
最後に永昌から雲南を攻めて劉璋を滅ぼす。
その後は長沙、交州、建安、建業と攻め陥としていけばいい。
徐州の張遼軍が暇なら、徐州から時々建業に攻めてもいい。
攻め獲れそうならそっちからも進軍できる。
208年1月
涼州から安定に曹仁、荀ケ、牛金、孫礼、姜維、鄂煥、高翔を移動。
安定から漢中に曹仁、荀ケ、牛金、孫礼、姜維、鄂煥を移動。
涼州から安定に、蒋奇を移動。
幽州から冀州に夏侯惇、夏侯淵、馬超、馬岱、程c、楊秋、曹彰、文醜を移動。
冀州から幽州にホウ柔、ボクトツ、沮鵠、呂曠を移動。
幽州から冀州に陳琳、李厳、雷薄、賞金を移動。
208年2月
予州から洛陽に曹叡、戈定、司馬炎、路招、麋竺を退避。
[亠兌]州から予州に張[合β]、曹植、韓猛、呂虔、成宜、張南、
冀州から[亠兌]州に夏侯惇、夏侯淵、馬超、馬岱、程cを移動。
あっ、張[合β]を移動し忘れてた。
急きょ、[亠兌]州から荊州に陸遜を移動。
[亠兌]州から予州に張[合β]を移動。
[亠兌]州から冀州に公孫康、雍ガイ、韓瑛、蒋幹、侯成を移動。
冀州から[亠兌]州に曹彰、文醜、蒋欽、楊秋、雷薄、陳琳。
青州から徐州に王平、田豊、孫翊を移動。
これで配置換えは終了。
後は攻めるだけ!
208年3月
攻める前に、民忠が60以下の城で産業やっておこう。
幽州で産業やろうと思ったら知将がいなかった。
青州から幽州に陳震を移動。